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第7話 「捨授」から「転依」

「転依」という言葉を広辞苑で探しても見つからない。どうやら仏教用語のようである。前々回のお話で「捨授」についてご説明させていただいた。

「捨授」とは即ち、「感情をおさえて、静かに物事を見る、受け止める心」のことである。落ち着いて静かに、よくよくじっくり物事を見る。」と受け止め方が変わってくるのである。それを「依りどころを転ずる」と言うのである。
「転依」(てんね)の意味は「依りどころを転じてみると、また受け止め方も違ってくる。」という意味なのである。

その依りどころが転じられるか否かが問題であって、「転依」が可能かどうかが、偏にその人の無尽蔵に何が入っているかで決まる訳である。その人の無尽蔵にたくさんの良いことが入っていればいかようにも良い方向で物事を考え、捉えられる訳である。

ここで、今回は「命」をテーマに依りどころを転じて考えてみたいと思う。

「中今」を生きる。

今から1300年前、日本の中心は奈良であった。
その当時、使われていた言葉を上代日本語、大和言葉とも言う。
その中に現在を表す「中今」という言葉がある。
元々は、続日本紀の中に聖武天皇のお言葉として記されているが、広辞苑にも記載されており

過去と未来の真ん中の今
遠い無限の過去から、遠い未来に至る間としての現在
現在を賛美している語

と解説されている。

元来は、今を賛美する言葉としてだけではなく過去のおかげの上に今があり、その今が次の今を育てる。だからこそ、今を生きるものの生き方が大切であるという意味だったようである。

ほとんどの人は、戦後の自我教育を受けて育っているので、「今」の上に立脚した生き方をしているのではなろうか。この「今」という土台の上に立つと、最後には、「今さえ良ければ良い」「自分さえ良ければいい」と歩を進めてしまいがちである。

それに対し、この「今」という土台を「中今」という土台に変えてみると、(図2)そして更に、少し離れた位置から見てみると、過去、現在、未来の現在を生きているのであって、これを例えるなら、駅伝でいう一人のランナーが自分であり、前のランナーによって運ばれた「たすき」を次のランナーに少しでも良いコンディションで渡すのが役目であることに気付いていただけると思う。(図3)

そうすると、決して「今さえ」「自分さえ」良ければいいという問題だけで命を使ってはならないという生き方が育ってくるのではなかろうか。

別紙のような図にしてみると、今更に我々の命は自分1人のものではなく、過去から未来へとつながる長い長い命の流れの一部を我々はまかされて生きていることがわかる。

現在のアメリカで言うとニューヨーク州あたりに住んでいたイロフォイ族という民族は、何か物事を決める時に「7代に渡って及ぼすことになる影響を考えなくてはならない。どんな事も7代先まで考えて決めなければならない」と唱えてから会議をしたという。

今の我々は、確かに自分を超えたときのことを考えないではない。例えば、子とか、孫とか、という所ぐらいまでは考えている。しかし、自分の顔も知らず、自分の声を聴く事もない、つまり自分の子、自分の孫、という「自分の」という冠のつけ難い世代までとなると、話は別で、あまりというか全く考えが及ばないのが現実である。

しかし我々は、今更に自分の生き方が未来に大きな影響を与えるという事を、忘れてはならないのである。
我々は、過去と未来の間の「中今」を生き得ている事を恒に忘れず、自分の命を使っていかなければならないのである。
お釈迦様の説かれている教えの基本スタンスは、「自分を救えるのは自分しかいない」という考え方である。

自分が苦しいと思えば苦しい世界が、自分がありがたいと思えばありがたい世界が目の前に広がる、としている。
そしてそのためには、今の自分が見える世界だけにとらわれず自分を超えた位置から、心静かに、よく目を凝らし見てみることが肝要としている。
そうすれば、苦を苦として受けとめないですむ想いが出てくるのではなかろうか。
この「中今の生き方」は実は1300年前に脈々と生きていた考え方なのである。

小林一茶の辞世の句を紹介しよう。

「たらいから、たらいへ移る、ちんぷんかん」

ゴーギャンは次のように言っている

「我々はどこから来たのか? 我々は何者か?
我々は何をするのか? 我々はどこへ行くのか?」

「命」を、「中今」という考え方に基づいて、依りどころを転じて考えてみると、彼らの疑問を解くヒントがその中にあるようにも思えてならない。