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第10話 見える世界、見えない世界

アメリカのアイオワ州立大学にディットマーという生物学者がおもしろい実験をしました。彼は、縦・横40cm、高さ50cmの木箱に土を入れ、ライ麦の苗を植えました。4ヶ月後、苗は40cmに成長しましたが、その時彼は、木箱を壊し、土をきれいに取り去り、張り巡らされた根の長さを測定しその長さの合計を計算したのです。根毛と呼ばれる細い根まで測定し、その全てを合計いたしました。さて、その根の長さの合計はどの位の距離になったと思いますか?
正解は11200kmです。
これは日本列島2往復分の距離で、わずか40 × 40 × 50cmの箱の中に張り巡らされた根の長さは想像を超えるものでした。

しかし、私はこの実験を紹介する記事を読んだ時、全く別の考えが脳裏を横切りました。確かに11200kmは物凄い長さです。しかし根は箱を壊さない限り目に見えないものです。40cmに成長した苗は目に見えるものです。40cmの見えるものは11200kmの目に見えないものに支えられているのだということの方が私にとっては衝撃でした。
とかく我々は見えるものを大事にし、見えることに気配りもします。確かにディットマー教授の実験は生命力の凄さを示す実験でした。しかし同時に「見える世界と、見えない世界」をも示唆する内容でもあるのです。
日本人という民族は、この見えない世界を最も大事にして来た歴史があります。
山には山の神様がいて、木にも神様がいて、だから、木と木の間に注連縄を張って山に詣で、自然に対して畏敬の念を忘れずに持ち続けてきた民族です。
ですから、登る朝日に、沈む夕日に自然に手を合わせ、又我々の日々の暮しの中にも「お天道様が見ている」とか、「バチが当たる」とか、様々な場面で、この見えない世界に気付き、見えない世界に感謝して来ました。実は、この見えない世界が最も豊かな世界であると受け継がれて来た日本人のDNAが、今、少しずつ変化してきているように思えます。
考えてみますと我々の体の中の血管の総延長は90000kmです。この長さは地球2周分です。とってもではないですが、わずか身長160cm前後の体の中にこれ程の距離の血管があるとは思えません。しかしこれは事実です。
そして、その中を血流が流れているのですが、私がいくら「血流は大事」と申し上げても殆んどの人は、それを真に大事と受け止めてくれません。
血流は見えないからです。また体温は免疫上最も大切な要因で低体温は確実に大病を招きますと申し上げても、これまた真に大切なことと受け止めてくれる人は殆んどいません。体から逃げていく「熱」も目に見えません。

目に見えない事は山程あります。「心」も目には見えません。
私は目に見えないもので最も大切なものの1つに「縁」があると皆様方によく申し上げて参りました。
縁に会って、縁に気がつかない人がいます。
縁に気づいても、縁を生かせない人もいます。
寂しいことです。

近代というのは、確かに1つの夜明けでした。しかし科学に対する過信、技術革新に対する過信、そういうものを駆使できるようになった人間としての過信、そういったものが傲慢さを生むのか? 自力で全て解決できるように思うようになるのか? 気がつかない傲慢さというものが近代の特徴と言っても良いかもしれません。この近代の傲慢が少しずつ我々から「見えない世界」を感じる感性を奪いつつあると申し上げても良いかもしれません。しかし実はこの感性こそが「心の免疫」の活性を上昇させるものなのです。
いつまでも見えない世界に気付き、見えない世界に感謝する人間でありたいものです。